• パーパス経営とガバナンス Vol.01

パーパス経営とガバナンスVol.01

2050年の視点から現在を
捉えるグローバル水準の
「パーパス経営」とは

世界的に「パーパス経営」が注目されている。国内製薬トップに安住せず、グローバル企業へと進化を遂げた武田薬品工業も、その羅針盤を「パーパス」だとしている。
改めて、「パーパス」の力とは何なのだろうか。
「パーパス経営」の強みとは。
「パーパスは資産である」と説く一橋ビジネススクール 客員教授の名和高司氏と、武田薬品工業コーポレートストラテジー オフィサーの佐藤弘毅氏の対談を通し探る。ファシリテーターは日経BPコンサルティング代表取締役社長の寺山正一が務めた。

日経ビジネス電子版 SPECIAL掲載、武田薬品工業 佐藤弘毅の対談を掲載しております。

ESGは規定演技。
パーパスが差を生む時代に

【寺山】なぜ今「パーパス経営」に取り組む企業が増えているのでしょうか。

【名和】現在、ESGつまり環境や社会に配慮し正しい形で経営を行うことが重要であると、広く知られるようになっていますね。それは「顧客市場」「人財市場」「金融市場」の3つの市場が求めるようになったからです。ESGに配慮しない企業は、顧客、消費者から支持されず、優秀な人材も集まらず、投融資を受けられないため市場から締め出されてしまう。そんな時代に入っています。つまりESGやサステナビリティへの取り組みは、もはや当たり前、規定演技になりつつあるのです。
では、企業が輝くためにはどうしたらいいのか。それは、ESGを踏まえた上で、自分たちが何のために存在するのか、自分たちの会社がないと誰がどう困るのかという、パーパス(存在意義)を明確にすることです。
そのパーパスは、社員や顧客がワクワクして、独自性があり、実現可能性を感じられる、“ワクワク” “ならでは” “できる!”が表現されていることが大事です。私はパーパスを「志」と訳しています。社員が自らの「志」を胸に刻んで、ワクワクしながら業務に臨む。これが企業の価値を上げるのだと、昨今、先進的なグローバル企業が気づき始め、パーパスを軸にしたパーパス経営に取り組むようになっているわけです。

【寺山】武田薬品工業(以下、タケダ)は、まさにその一社ですね。貴社がパーパス経営にかじを切った経緯をお教えください。

【佐藤】当社では2020年に、名和先生がおっしゃるように、私たちはどういう存在なのか、何をどう成し遂げていくか、そしてなぜそれが大切なのかを再考し、企業理念の見直しに取り組みました。そして、“世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献すること”を私たちの存在意義(パーパス)に据えました。目指す未来(ビジョン)は、患者さん(Patient)、ともに働く仲間たち(People)、さらに地球環境(Planet)に対して責任を持ちながら、人々の暮らしを豊かにする医薬品を創出し、お届けすることです。

「志」をもとにした行動指針で
パーパスを実現する

【寺山】貴社には、「タケダイズム」という240年の歴史の中で培った「志」がありますね。それを持ちつつ、新たにパーパスをつくったということでしょうか。

【佐藤】1781 年の創業以来、タケダは様々な変革を果たしてきましたが、その中でも変わらずに受け継いできた普遍的な価値観があり、それが「タケダイズム」です。誠実であること、そして「公正・正直・不屈」の精神で支えられた、私たちが大切にしている価値観であり、私たちはこの価値観のもと、いつの時代においても広く社会への貢献に努めてきました。このタケダイズムが、私たちの企業理念、パーパスを形作っています。

【寺山】名和先生は「志」を軸とする資本主義を「志本主義」と名付けておられます。もともと貴社には「志本主義」の精神が根付いていたといえそうですね。

【佐藤】おっしゃる通りだと思います。クリストフ・ウェバー社長が着任してから、この「タケダイズム」の具現化とグローバルな規模での更なる組織への浸透に取り組みました。それが「PTRB」であり、患者さんに寄り添い(Patient)、人々と信頼関係を築き(Trust)、社会的評価を向上させ(Reputation)、事業を発展させる(Business)、を日々の行動指針とするものです。この行動指針は我々があらゆる局面で決断する上での揺るぎない判断基準であり、日本および世界において、ともに働く仲間と共有しています。

【寺山】なるほど。一方で気になるのが、パーパスと企業業績がどう関連するのか、という点です。名和先生、いかがでしょうか。

【名和】私はパーパスは、目に見えない資産だと話しています。パーパスがあることで社員、顧客、社会の共感が得られ、力を合わせることができる。これが新しい価値をつくっていくときのエネルギーになるのです。

ただ、それを精神論で終わらせないためには、生産性と創造性を1桁上げ、しっかり収益を出す必要があります。収益を出し、それを社会に貢献する事業に再投資する。このサイクルを回してこそサステナブルに社会に役立つ会社になり得ます。論語と算盤、つまりパーパスとプロフィットの両方を成立させる仕組みが必要です。

1つの方法が、デジタルの活用です。DX(デジタルトランスフォーメーション)で、コストやリスクを下げ、新しい働き方、新しいアプローチの仕方を創造していく。タケダのデジタル&データで3つのPを支えるというやり方は、理に適っていると思います。

並行して働く人の高度化を図ることが大事です。デジタルをツールとして使いこなすスキルだけでなく、社員の意欲も高度化すること。それには自分が本当に社会に貢献できていると社員が感じられる環境が鍵になります。この点でも、「志」を持つことは有効です。

【佐藤】ビジネスをサステナブルにすることはグローバルに事業を展開するバイオ医薬品企業である当社の責務だと考えています。今回の企業理念の刷新においても、“私たちの約束”として、地球環境に責任を持ち、持続可能な未来の社会を創造するために、自然環境の保全に寄与することを誓っています。

パーパスの共有、組織の透明性が、
企業を正しい方向に導く

【寺山】少し話題を変えまして、タケダはグローバル企業へと進化を遂げました。でも、それができない企業も多くあります。その違いは何でしょうか。

名和まず、日本の市場や日本の企業であるとはどういうことなのかを、相対化して見ることができる経営者がいるかどうかでしょう。タケダさんはその視点を持ち、なおかつ日本の良さをグローバルなビジネスの中で生かそうという、非常にまれな会社だと思いますよ。

【寺山】タケダは日本人社員の割合が約10パーセント程度だと聞きます。多様性を受け入れることが苦手とする企業は多いようですが、貴社はなぜ可能なのでしょうか。

【佐藤】グローバルな事業を行うという観点でも、パーパスが非常に大事であると考えています。例えば、当社のエグゼクティブ・チームは、国籍も性別も多様ですが、この多様性は、イノベーションを推進する上で大きな強みであり、結果として患者さんのためになること、すなわち私たちのパーパスを達成することにつながります。パーパスを組織で共有・浸透させることにより、多様性を重視する文化の醸成へつながると思っています。

人材の採用においてもパーパスの共有は非常に重要であり、同じ志を持つ世界中の多様な人材が入社し、その入社年次や性別、国籍などにとらわれることなく、グローバルに活躍していることをうれしく思っています。

【寺山】パーパスが多様性を束ねるマグネットとして機能するから、インクルーシブになるのですね。

それはコーポレートガバナンスの面でも有効ではないでしょうか。従来の日本型の、昭和生まれの男性が集まった経営会議だと、同質なので意思決定が早い半面、間違いに気づきにくいものです。反対に多様性のある組織になればなるほど、意思決定のプロセスを透明にする必要がある。その結果、様々な人の目が届き方向を間違えないで済みます。

【佐藤】はい、当社の取締役会も多様性に富んでおり、75%が独立社外取締役で構成されるなど、兼ねてからコーポレートガバナンスの強化に努めております。また透明性の観点からも、昨年末にコーポレートガバナンスに関連する規程を全面的に開示するなど、積極的に取り組んでいます。透明化を積極的に推進する結果として、あらゆるステークホルダーの方々から率直なご意見をいただき、それらを経営に生かして長期的な企業価値の向上につなげる、という循環が生まれるよう努めています。

日々の業務でパーパスを
意識する仕組みをつくる

【名和】私から質問ですが、タケダではパーパスの浸透にはどのように取り組んでおられますか。

【佐藤】先ほどお話しした、「タケダイズム」と「PTRB」の行動指針を必ず議論に持ち込むようにしています。例えば、新規事業に関して議論をする際にも、この新しい事業を行うことが、患者さんに寄り添い(Patient)、人々と信頼関係を築き(Trust)、社会的評価を向上させ(Reputation)、結果として事業を発展させる(Business)ことにつながるのかについて、皆で議論します。先ほど名和先生から“らしさ”が重要だとお話がありましたが、この「PTRB」を判断基準として意思決定を行うことがまさにタケダらしさであると感じています。
実際に、私は昨年までロシアやインドなど主に新興国市場において勤務し、その現地においても買収や統合を経験するなど、様々な事業環境で多様なバックグラウンドを持つ方々と仕事をする機会がありました。この日本発の「タケダイズム」という価値観をどのように組織に浸透させるかが極めて重要でしたが、この「PTRB」に基づく意思決定を日々実践することで、ともに働くメンバー同士の理解が進み始めたと肌で感じました。

【寺山】パーパスを唱えているだけでは浸透は難しいもの。プロセスに組み込まれていることが大事なのだと分かります。

【佐藤】大変うれしいことに、実際昨年に従業員意識調査を実施したところ、パーパスや価値観に関する結果が、性別、入社年、国、部門を問わずハイスコアでした。コロナ禍にあり新しい働き方や変化を求められる状況にもかかわらず、グローバルな規模で浸透し、組織に根付いていることをうれしく思っています。

人を大切にする企業は、
将来必ず伸びる

【寺山】グローバル化を目指す企業にとって、パーパスを持つことは必須要件になりますね。

【名和】日本の金融市場は、まだ四半期の数字など短期的な業績を気にしますが、エンゲージメント指数やブランド指数が上がれば、必ず企業価値は上がります。そこを理解してほしいですね。

【佐藤】ステークホルダーの皆さんとの対話を通じて、財務情報のみならず、非財務情報も重視する方向に変わってきていると感じています。必要な情報をさらに分かりやすく、丁寧に提供するよう検討を進めているところです。

【名和】タケダは伝統ある大衆薬や糖尿病薬の部門の譲渡を決断されましたね。この引き算ができるのは、パーパスと経営戦略がしっかり結びついているからです。「タケダはこういう“志”のもと、資金を集中投資し発展していくんだ」という覚悟が金融市場に伝われば投資家も反応するはずです。将来が期待できますね。

【佐藤】ありがとうございます。革新的なバイオ医薬品を創出し、“世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献すること”への実現に向けて、今後も日々努めていきます。

【寺山】本日はありがとうございました。

インタビュー掲載:日経ビジネス電子版SPECIAL

PROFILE

名和 高司 氏

一橋ビジネススクール
客員教授

名和 高司

1957年生まれ。東京大学法学部卒、ハーバード・ビジネス・スクール修士(ベーカースカラー授与)。三菱商事勤務後、マッキンゼーのディレクターとして、多様な業界における、次世代成長戦略、全社構造改革などのプロジェクトに幅広く従事。2010年に一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授就任、2018年より現職。NECキャピタルソリューション、ファーストリテイリング、デンソー、SOMPOホールディングス等多くの企業の社外取締役も務める。

佐藤 弘毅

武田薬品工業株式会社
コーポレート ストラテジー オフィサー/チーフ オブ スタッフ

佐藤 弘毅

2003年に入社し、日本や海外で様々な部門にてキャリアを積む。2012年に新興国事業部へ異動し、ロシア・CIS諸国にてベラルーシのジェネラルマネージャーなどの様々なポジションを務めた。近年ではウクライナやインドにおいてもジェネラルマネージャーを務め、2021年4月より現職。

寺山 正一

株式会社日経BPコンサルティング
代表取締役社長

寺山 正一

1964年生まれ。87年東京大学経済学部卒業後、麒麟麦酒に入社。89年日経BPに入社し、「日経ビジネス」編集部記者、ニューヨーク特派員、格付投資情報センター出向を経て、2008年から「日経ビジネス」編集長を3年間務める。2019年より現職。

※所属は撮影当時のものです

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