• 私の「誠実と革新」 Vol.01
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T-CiRAのゲノム編集治療プロジェクトのメンバーで、筋ジストロフィーに対するゲノム編集治療法の研究・開発を行う穂積裕幸さん。患者さんの実態を理解したいと、患者さんとのコミュニケーション活動(ペイシェントエンゲージメント)にも積極的に参画。

現在、ニューロサイエンス創薬ユニットと連携しながら、新しい治療法開発の中心的役割を担っている穂積さんに、T-CiRAの研究やビジョンについて話を聞きました。

ゲノム編集技術で、難病にアプローチ

T-CiRAで働くようになったきっかけ、現在携わっている研究内容をお聞かせください。

私はもともと糖尿病と肥満に対する創薬の研究に携わっていました。一般的に、運動することで糖尿病や肥満を予防できるといわれていますが、それを薬で模倣できないかと「骨格筋」に着目した研究をしていました。

そんななか2015年にT-CiRAが立ち上がり、重篤な筋疾患を対象とするプロジェクトも始まると聞き、社内公募を経て、現在の筋疾患プロジェクトに参画するようになりました。

現在、筋疾患のなかでも私たちが研究対象としているのは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーです。体の活動を支える骨格筋が徐々に破壊され、筋力が低下していく遺伝性の筋疾患で、幼少期に発症し、運動機能などさまざまな機能障害や合併症を起こす難病(1)とされています。

(1)

そのデュシェンヌ型筋ジストロフィーへのアプローチとして、「ゲノム編集技術」を用いた創薬研究を進めています。ゲノムは生命の設計図や地図といわれていて、その中に目の色や髪の色を決めたり、インスリンを作ったりといったさまざまな遺伝子が組み込まれています。

ゲノム編集技術は、30億対以上ある塩基(2)の狙った部分を効率よく切断することができる非常に先進的な技術です。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんから樹立したiPS細胞を用いてゲノム編集技術の研究をされている、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)講師の堀田秋津先生とともに研究を進めています。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、ジストロフィンというタンパク質を作る遺伝子の一部に変異があることで筋肉が壊れていく病気です。ジストロフィンには、筋細胞の膜を丈夫に保つ作用がありますが、ジストロフィンが作られなくなることによって筋肉が脆弱になってしまいます。

そこで、変異が生じている遺伝子の塩基をゲノム編集技術によって変え、ジストロフィンを筋細胞内で発現させることによって、強い筋肉の細胞を作ることができます。さらに、編集された筋線維細胞は、体内に残っていれば長い間ジストロフィンを発現し続けることができます。

一般的に生活習慣病の薬などは飲み続けないといけませんが、ゲノム編集薬による治療は少ない回数で効果が長時間持続することが期待されています。

(2)DNAの構成成分のうち、遺伝情報を担う弱アルカリ性成分(アデニン、チミン、グアニン、シトシン)のこと

アカデミアと企業研究者、異なる思考プロセスが研究を加速させる

ずばりT-CiRAの魅力は何でしょうか。

アカデミアとの連携です。企業研究者では思いつかないアイデアを、ダイレクトにシームレス、タイムレスに検証することができます。一般的な共同研究では、ミーティングは月1回もしくは四半期ごとに行うことが多いと思いますが、T-CiRAではかなり密に行います。アカデミアの先生方と、常にアイデアを共有し、すぐに実施・検証することができるところが大きな魅力です。

現在はオンラインでのミーティングですが、コロナ禍前は月に2〜3回、対面でのミーティングを行っていました。そこで多彩なアイデアをいただき、私たちもフィードバックするという活発なディスカッションを行っていました。

また、2016年から5年半という長い期間、共に研究してきた信頼関係から、私たちの考えも率直に伝えますので深いディスカッションができています。

私たちもアカデミアの研究者も、一日も早く患者さんに薬を届けるという共通のゴールを目指しています。サイエンスを追求するアカデミア研究者と、プロジェクトを効率よく創薬・臨床につなげたい企業研究者、両者のバランスをいかにとっていくかが重要ですので、アカデミア研究者と常々ディスカッションしています。

創薬の専門家とサイエンスの専門家が協働することで、革新的な新薬を患者さんに届けることができると信じています。

タケダのニューロサイエンス創薬ユニットの方々とも連携していると伺いました。

最近、ニューロサイエンス創薬ユニットが神経筋疾患研究の範囲を広げたことで、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療薬に対する私たちの技術も着目されています。

アカデミアの研究者は私たちに、いかに効率よく臨床試験を進めて治療薬を患者さんに届けることができるかを期待しています。ニューロサイエンス創薬ユニットとの共同研究がスタートしたことで、研究の速度が上がり、さらに大きな追い風を感じています。

薬効の高さだけでなく、「どれくらい持続するか」「安全性はどうか」という薬物の動態や安全性を検証する段階に入り、さまざまな部門が関与し始めてプロジェクトが大きくなりつつあります。

「患者さんが、本当に望むこと」を知るために

患者さんとの関わりも大事にされていると伺いました。

創薬の研究に携わる上で、患者さんについて知ることは重要だと考えています。

普段、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんにお会いする機会はなかなかありませんので、論文報告などから症状やニーズに関する理解を深めていましたが、それだけでは本当に患者さんの望んでいる薬を作ることはできないと感じていました。

そこで、患者さんやご家族がどのようなことに不安を持っているのか、どのような薬を望んでいるのかなどを知るために、筋ジストロフィー市民公開講座などに積極的に参加しています。

タケダの企業理念においても、常に患者さんを中心に考えて行動することを私たちの価値観として掲げています。その考えの下で、自分たちの創薬が独りよがりになっていないかを常々確認しています。

ペイシェント・エンゲージメントは、その活動を通じて患者さんの心の内に触れることができるため、研究を行う上で、とても重要だと考えています。

実際に患者さんやそのご家族のお話を聞いて、穂積さんのなかで気づきなどはありましたか。

例えば、患者さんが車椅子に乗り始めたばかりのときと、体が動かなくなったときでは望むことが違うと知りました。私たちは、患者さんが歩けるようになるなど、「研究のハードル」を高く設定してしまいがちです。

しかし今の時代、指一本動けばタブレット端末などでブログが書ける。世界とつながれる。そういうところにも希望を持っていらっしゃる方もいるのだと気づきました。そういう気づきは、研究のモチベーションにつながっています。

研究者の方はラボにこもっているイメージがありましたが、積極的に動かれていることが印象的です。

私たち研究者も患者さんの意見が大切だとわかっているのですが、会う方法や規定など、まだまだ知らないことが多く、実際に患者さんと会うのを躊躇してしまうところがあります。

そこで、私たちは製薬業界として同業他社さんと一緒に、患者さんとの対話を深めるにあたって必要な情報をまとめた「ペイシェント・エンゲージメント・ガイドブック」を作成しました。

企画実施の主な流れや、質問するときに気を付けることなど、必要なことを順序立てて書いてあるガイドブックができたことで、今後の患者さんと関わる活動がしやすくなるだろうと思います。

「患者さんに届けたい」不屈の精神で、未来につなぐ

難しい研究を進める上で、何が穂積さんを支えているのでしょうか。

タケダイズムのなかでも示されている「不屈」の精神です。なかなかうまくいかない研究でもすぐに諦めず、粘り強く続ける姿勢を大切にしています。

私たちは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーを模したマウスを用いて創薬の研究をしています。このマウスは筋肉が弱くなっており、実際に薬を投与して筋機能が戻るかを試すのですが、マウスにおいて筋力を正確に測定するというのはなかなか難しいものなのです。

薬で改善するかという実験を組むのは、さらにハードルが上がります。より最適な方法を見つけようと日々工夫しています。それが現在、最も不屈の精神で取り組んでいることです。

市民公開講座などで患者さんやご家族とお会いして、治療薬が年々進歩していることを、とても期待されている姿を実際に見ています。

不屈の精神を持って私たちのプロジェクトから新しい治療選択肢を患者さんに届けることができれば、患者さんたちを笑顔にすることができる。そう考えると、自分の仕事が未来につながっていることを感じます。

PROFILE

穂積 裕幸

リサーチ T-CiRAディスカバリー 主任研究員。代謝疾患領域の研究者として入社し、糖尿病と肥満に関する創薬研究に携わる。T-CiRAディスカバリー異動後は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーへのアプローチとして、「ゲノム編集技術」を用いた創薬研究を進めている。

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