• パーパス経営とガバナンス Vol.02

議論をし尽くす
ガバナンスってナンダ?

パーパス経営とガバナンスVol.02

中長期で考える
タケダの
「コーポレートガバナンス」

2021年の東証コーポレートガバナンス・コード改訂が示すように、日本企業にガバナンスの見直しを求める動きが年々強まっている。
コーポレートガバナンスの仕組みを自らの特効薬にし、グローバルなフィールドで持続的成長に挑んでいるのが、武田薬品工業だ。社外取締役・取締役会議長の坂根正弘氏と、一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏が、コーポレートガバナンスのあり方と日本における課題について意見を交わした。ファシリテーターは日経BPコンサルティング代表取締役社長の寺山正一が務めた。

日経ビジネス電子版 SPECIAL掲載、社外取締役・取締役会議長 坂根正弘の対談を掲載しております。

コーポレートガバナンスが
広く長期的な視野をもたらす

【寺山】さっそくですが、今なぜ日本企業は、高水準のコーポレートガバナンスを求められているのでしょうか。

【伊藤】ひと言でいうと、不都合な現実に目を伏せ続けた時間が長過ぎたからです。その結果、「稼ぐ力」が低下した。四半世紀にわたる日本の平均株価水準の低迷がその証しです。現実に目を向けさせる仕組みとして、今、コーポレートガバナンスが注目されているのです。

【寺山】不都合な現実とは?

【伊藤】例えば日本企業からよく「米国の企業は財務レバレッジが高いからROE(自己資本利益率)が高い。日本はそうでないからROEが低くても仕方ない」という話を聞きます。でもデータを見ると米国も日本もレバレッジの面では差が無いんですよ。現実を見ず言い訳をしているうちに稼ぐ力が落ちてしまった。そうした、社内の人が見えないところに社外取締役の視点を持ち込むことができるのが、ガバナンスの大きな意味です。

もう1つ例をあげましょう。日本企業は低収益化した事業部門をいつまでも抱える傾向があります。売却したらかわいそうだし、企業イメージも悪くなる、と。でもその事業をコアにしている企業に売却すれば、自社の収益性は当然上がるし、事業部門も移った先で研究開発資金を得られ、従業員も肩身の狭い思いを続けずに済む。社内の経営陣だけでは短期思考化してリスクをとれないことが多いものですが、そのとき社外取締役が「こんな考え方もできる」と中長期的な思考を持ち込めば、将来の大きなオポチュニティを失わずに済む。これもコーポレートガバナンスの重要なポイントです。

タケダの成長を加速させた
グローバル水準の取締役会

【寺山】武田薬品工業(以下、タケダ)は、約6兆円という巨額を投資してシャイアー社買収に踏み切り、さらに、伝統あるOTC(医師の処方箋を必要とせずに薬局などで購入できる医薬品)部門を切り離しました。

【坂根】私が社外取締役に就任した2014年当時、タケダは世界の製薬企業として売上高がぎりぎり20位内に入るという状況でした。日本企業において、事業と市場の「選択と集中」を実行できる会社は極めて少ないです。私は小松製作所での経験から、世界の勝者になるためには、これに取り組み、企業理念を具現化していくことが必要だと確信しています。そこでタケダも世界のメガファーマと闘うには疾患領域を限定するしか方法はないと考え、オンコロジー(がん)、ニューロサイエンス(神経精神疾患)、消化器系疾患およびワクチンに分野を絞りました。また、日本は薬の承認に時間がかかるうえ、薬価も低く、定期的に引き下げられることに加え、収益があがればさらに引き下げられる仕組みになっているため、日本国内中心のビジネスに集中していては研究開発投資や競争力を維持することができません。そのため、グローバル化を進め、イノベーションが最も評価される米国にも大きな拠点を置いています。そこにシャイアー社の買収案件が持ち上がりました。6兆円超の投資にはいくつかハードルがありました。しかしシャイアー社の主力は米国市場、そして希少疾患・難病に対する医薬品で、タケダが大事にする考え方である「誠実に患者さんに寄りそうこと」にもつながります。いまだ有効な治療法がなく困っている難病や希少疾患の患者さんがいるならば、そのニーズに応えることこそタケダが取り組むべきだと考え、買収に踏み切りました。

【寺山】取締役会の方々はどう関与したのでしょうか。

【坂根】取締役会であらゆるリスクとオポチュニティについて議論を交わしました。その上で最後はクリストフ・ウェバーCEOの「絶対に成し遂げる」という言葉を受け、全員が賛成しました。

私はこれまで5社の社外取締役を経験していますが、タケダの取締役会は他社のそれと決定的に違う。議論が非常に活発です。外国の方が多く、彼らから頻繁に「ここはどうなっている?」「この話を聞きたい」と要求が上がってくる。このように多角的に議論を尽くすガバナンス体制だったからこそ、リスクをとってあれだけ大きな買収に踏み出せたのです。

少し話は逸れますが、これらタケダの改革の結果はまだ株価に反映されていません。でも私がかつて小松製作所の社長をしていたときは大きな赤字でスタートした後、V字回復し4年目、5年目になって過去最高益を大幅に更新し、ようやく株価が急上昇しました。私はその間、社員が会社の将来に自信を持ってくれていれば必ず株式市場は評価してくれると信じて全世界の社員とのコミュニケーションを続けました。

「お友達ガバナンス」を止め、討議にこそ時間をかける

【寺山】改めて、良いコーポレートガバナンスとはどのようなものでしょうか。

【伊藤】タケダさんのように、多様な背景を持つメンバーが取締役にいることは重要です。僕は社外取締役の役割は、「練磨された常識」をガバナンスに入れることだと考えています。坂根さんが小松製作所の経験をタケダに生かしておられるように、多様な人材が、それぞれの分野で練磨された常識を議論に持ち込むことで、守りの面でも攻めの面でも高度なガバナンスが可能になります。
さらに、「説明可能性」もキーワードになります。株主やステークホルダーに、決定事項だけでなく、どういう背景でこの問題が浮上し、どういうリスクと向き合い、どういう成長戦略を描いてこの決定をしたのか、経緯をきちんと説明できるようにすること。そのためには、持ち上がってきた議案に対して、空気を読まずに文脈を読むことが大事です。なぜ今この議案が出てきたのか、ここで決定することがどのように企業の成長に関わるのか、取締役会のメンバーがきちんと考えた上で質問する。僕自身が社外取締役として取締役会に臨む際にもそう気を付けています。

【寺山】仲間内でそろえた「お友達ガバナンス」では、形式上の質問をいくつかして「はい決定」となりがちですね。

【坂根】私も関わった会社には「取締役会では報告、討議、決議のうち討議に一番時間を割いてくれ」と話しています。討議は社内で済ませ取締役会では決議だけを出すという企業が多いのですが、それでは取締役会の意味がまったくありません。

【伊藤】取締役会では全員が賛成しないと決定できないから社外取締役の存在は厄介だ、という人もいます。それはまったく違う。先ほどのタケダの例のように、議論を尽くすことでCEOが意思決定でき、納得してリスクをとることができるわけです。

議論を活発にする鍵はアジェンダ設定と
事前の情報収集

【寺山】本来、社外取締役は株主や消費者の代理人であり、多様なメンバーをそろえることは「これだけの人がしっかり議論をして決めています」という企業のメッセージだと私は思います。そのためには取締役会で本質的な議論をすることが大事です。実効性のある取締役会にするために、お二方が工夫されていることはありますか。

【伊藤】アジェンダ、つまり議案をどう設定するかが大事だと考え、「T=人的資本」「S=ストラテジー」「R=リスク」の3つに重点をおいています。取締役会でこのT・S・Rの3つに費やす時間が長い企業ほど、企業価値も含めてパフォーマンスが高いというエビデンスも出ています。

【坂根】私は必ず冒頭で直前の1カ月間に起こったことをCEOにレポートしてもらいます。それもバッドニュース(特に環境・安全・コンプライアンス)から言ってもらう。これをリクエストすることで、CEOや各部門の責任者が、情報を積極的にとるようになります。

【伊藤】そうですか。僕も取締役会メンバーより1つ下の部長クラスの人とパイプを持つようにしています。そういう人たちとの会話から、取締役会に上がらない負の要素の兆しや経営陣の危うい振る舞いが見えることがあります。そういう兆しをとらえ、必要に応じ取締役会で「この点はどうですか?」と議案にあげる。すると兆しは兆しで終わるわけです。

【寺山】社内の人間が上司に意見することは困難なので、社外取締役がその役を担ってくれるのは、企業の健全性の確保につながりますね。

先入観による人材登用を回避するうえでも有効

【寺山】先ほどのT・S・Rのうち、Tの人的資本については、社外取締役はどのように機能するのでしょうか。

【伊藤】登用のためにそれぞれの能力を見るとき、基本的には、どんな実績を上げたのかなどトラックレコードから判断しますね。でもその能力が新しいポストでも発揮されるとは限りません。もしかしたらこれまでのよく知ったフィールドだから発揮できたのかもしれないわけです。また、社内ではその人に対する評価が固まってしまっていることも多くあります。そこで社外の人間の「この人にやらせてみたい」という視点を入れることが、固定されたイメージによる人事判断を避けるうえで有効になります。

【寺山】社外取締役はどうやったら「やらせてみたい」という人を見つけられるでしょうか。

【伊藤】候補者を集めた研修などで見えてきますよ。上下の関係なら、当然、部下は言うことを聞きます。でも横の関係、同じような立場の人が集まる研修の場だと、本当にリーダーシップがあるかどうか見えてきます。職場とはまた違う面が見られることもあります。僕はできるだけ研修に立ち会うようにし、そこでの発見を情報として指名委員会に上げています。
やらせてみたいと思える人がいたら、いわゆるタフアサインメント、業績的に苦しいグループ会社に行ってもらうなど少し難しい環境で挑戦させてみて能力を見ることも有効だと思います。

【坂根】なるほど。私は小松製作所時代から、サクセッションプランを企業で取り組むべき重点項目の1つに入れています。具体的には、CEO、執行役員、部長クラスに、自分の後継者と、その次の後継者を選出するよう求めます。次の次という点がポイントで、次の人としては、自分の周りにいて仕事を分かっている人間を選ぶのですが、その次となると、人間性を見るようになる。隣の部署のあの人、など。そうして名前の上がった人は、まず間違いありません。
コーポレートガバナンスの役割は、最終的にはCEOを評価し、必要なら交代させることです。ですから先を見据えてCEO候補について取締役会メンバーの間で情報共有することは極めて重要です。タケダでも次の次の後継者候補について議論をするし、私が委員長を務め社外取締役で構成される指名委員会で協議していくことになります。

【寺山】コーポレートガバナンスの重要性がよく分かりました。ありがとうございます。

インタビュー掲載:日経ビジネス電子版SPECIAL

PROFILE

伊藤 邦雄 氏

一橋大学
CFO教育研究センター長

伊藤 邦雄

一橋大学名誉教授。元日本会計研究学会会長。経済産業省プロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」では座長を務め、最終報告書(伊藤レポート)は海外でも大きな反響を呼び、その後の日本のコーポレートガバナンス改革を牽引した。2019年5月からはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)コンソーシアム会長を務める。

坂根 正弘

武田薬品工業株式会社
社外取締役・取締役会議長

坂根 正弘

1941年生まれ。島根県出身。大阪市立大学工学部卒業後、株式会社小松製作所に入社、2001年から2007年まで、代表取締役社長を務める。社長就任直後、創業以来初の赤字に直面するが、構造改革を断行しV字回復を達成するとともに、同社のグローバル展開を導いた。社外の活動にも精力的で、経団連副会長、経済産業省総合資源エネルギー調査会会長などを歴任、これまで武田薬品工業を含め多数の社外取締役を務めている。

寺山 正一

株式会社日経BPコンサルティング
代表取締役社長

寺山 正一

1964年生まれ。87年東京大学経済学部卒業後、麒麟麦酒に入社。89年日経BPに入社し、「日経ビジネス」編集部記者、ニューヨーク特派員、格付投資情報センター出向を経て、2008年から「日経ビジネス」編集長を3年間務める。2019年より現職。

※所属は撮影当時のものです

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